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2016年11月 1日 (火)

アルファ碁勝利後の日本人の異常な反応

私がこのブログを始めたのは「将棋より囲碁で先にコンピュータVS人間が決着した意味を、もしかして日本人の誰も理解していないのか」という戸惑いがあったからです。ブログを始めて7ヶ月くらいたちますが、上は全国紙社説から下はネットメディアまで、私と同様の意見を発見することはありません。それどころか「不屈の棋士」などに代表される全く逆の見解や、「一体どこをどう見て考えたんだ?」という私には理解不能な見解が満ち溢れています。

10年後の日本人には信じられないかもしれませんが、いまだに次のような事実があることを記しておきます。

1、囲碁でのコンピュータ勝利ニュースが世界中に流れた後に、「将棋でコンピュータがトッププロに勝っているのか?」という疑問を、多くの日本人ジャーナリストが普通に持っています。なお、ネットで1日も調べれば、その答えは4から5年前に出ていると、義務教育修了程度の統計能力があれば証明できます。

2、上のような疑問を持つのに、「もし将棋でトッププロがコンピュータにいまだに勝っていたなら、日本のコンピュータ技術はどこまで遅れているんだ?」という、私だったら必然的に生じる疑問は全く出てきません。

3、アルファ碁ニュースに「囲碁文化の乏しいアメリカのコンピュータがトッププロに勝ったのに、どうして日本製コンピュータがまだトッププロを倒していないんだ!」、「遥かに複雑な囲碁でコンピュータ優位が公式に決まったのに、将棋でコンピュータVS人間決戦が遅れているのは日本の恥だ!」と私は考えたのですが、それらの発想がほぼ全て(推定で99.9%以上)の日本人にありません。

繰り返しますが、アルファ碁勝利直後だけの話ではなく、7ヶ月たった今も、上の事実が継続しています。10年後の日本人なら、「なんで誰も上の事実の異常さに気づかないんだ? Googleが日本中に催眠電波でも送っているのか?」という私の戸惑いを理解してもらえるのではないでしょうか。

1980年代後半、世界最高最強の国家であるアメリカの人たちに「憎らしいほど精密な日本製品をぶち壊せ!」と発狂行動をとらせるほど、高度な科学技術力を誇った日本の姿はもはやありません。ITメディアまでが、プロ棋士と人工知能(コンピュータ)を並べると、プロ棋士を応援して、コンピュータを敵視しているほどです。コンピュータを使って書いた『コンピュータは敵だ』メッセージをコンピュータ上に流していることに、なんの疑問も感じず、そんな記事を書くライターにIT企業が給与を払っているのですから、喜劇以外のなにものでもありません。コンピュータで生活がこれまで豊かになってきて、これからも豊かになっていくことに、本当の本当に気づいていないようです。現在、アメリカが先導する科学技術相手に発狂しているのは、日本人です。

どうして日本人は科学技術でここまで落ちぶれてしまったのでしょうか。まるで「魂を抜かれる」とカメラに怯える未開人のようです。残念ながらカメラにそんな凄い機能がないように、人工知能にも日本人が恐れるほどの凄い機能はありません。

いいかげん、未開人並みの発想を逆転させましょう。「人間の仕事の49%がコンピュータに奪われる」のではなく、「人間の仕事の49%がコンピュータにしてもらえる」が正しいです。つまり、今やっている仕事の49%もコンピュータが自動的に処理してくれるのです。人類にとって進歩以外のなにものでもないはずです。

たとえば、次の事実はどう思いますか?

1920年から2000年までの80年間に、ある産業の就業人口割合が約49%も下落しました(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/11/s1111-6b.html)

もちろん、その衰退した産業は農林水産業(第一次産業)です。これを、機械が人間の仕事を奪ったと解釈しますか? 普通に考えれば逆でしょう。機械が人間の代わりに面倒な仕事をしてくれるようになったのです。結果、人間の生活が楽になり、空いた時間により価値ある仕事ができるようになりました。この流れを止めることはできませんし、止めるべきでもないはずです。もし止めようとしたら、日本経済が最悪の状況に追い込まれるだけでしょう。

また、上の事実に対して、もし1920年からのわずか20年間で第一次産業の就業割合が49%減少していたら、それをどう考えますか? 日本が急ピッチで近代化を進めた証拠になったでしょう。むしろ喜ばしいニュースのはずです。

電王戦の意義は、日本人のコンピュータに対するひどい誤解を浮き彫りにしたことにある、と私は考えています。あるいは、電王戦こそ、日本人が既に到来しているコンピュータ社会にいかに適応していくべきか考える絶好の機会である、場合によっては最後の機会である、と考えています。これについて、次の記事でさらに掘り下げます。

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